成熟社会を迎えた日本において、国土交通省が掲げる「共感都市再生ビジョン」は、都市の質と人々の生活の豊かさを育む新たな都市政策の方向性を示しています。このビジョンを実現する上で不可欠なのが、地域固有の魅力を引き出し、人々の自発的な繋がりを促す「エリアマネジメント(エリマネ)」の存在です。本コラムでは、エリマネがどのように共感的・社会的価値を創出し、その価値を経済的価値として可視化することが、エリマネ活動の持続性と展開にいかに重要であるかについて、関係者の対談から紐解きます。
※動画版はこちらから視聴できます。https://www.youtube.com/watch?v=1qum1eOMxUk
Theme 1 エリアマネジメントが創出する共感的・社会的価値の可視化

国土交通省の都市政策の方向性
**大谷**:日本は成熟社会に入ったと言われていますが、その中で国土交通省さんが目指す都市政策の方向性について、まずお聞かせいただけますでしょうか?
**山田(国土交通省 都市局まちづくり推進課)**:中長期的な視点で、都市の質や人々の生活の豊かさを育む都市政策を議論し、「共感都市再生ビジョン」として取りまとめました。特に重視しているのは、地域固有の魅力です。自然、歴史文化、ローカルな風土といった地域固有の魅力を大切にし、それを発展・向上させる政策を進めていきたいと考えています。
エリアマネジメントへの期待
**大谷**:その中で、ソフトの街づくりと言われるエリアマネジメントに、山田さんはどのような期待をされていますか?
**山田**:エリアマネジメントは、一人ひとりの生活の豊かさに焦点を当てたり、地域や社会の課題を解決していくためのキーになる活動だと考えています。様々な社会課題にアプローチするためには、多くの関係者との合意形成や協議、そして多様な方々に参加してもらうための調整が必要です。今後はコーディネーターや総合プロデューサー的な存在へと進化していく、あるいはすでに進化している段階にあると感じています。
Ligareが生み出す共感的・社会的価値とは。
Theme1では、リガーレの実際の担当が日々行っている活動例と、それによってどのような共感的・社会的価値が生まれているかを深堀していきます。

**大谷**:具体的な取り組みとして、LIGAREでは様々な活動をされています。まず田辺さんから空間活用について説明いただけますか?
**田辺(都市再生推進法人 大丸有エリアマネジメント協会-Ligare-)**:はい、代表的なものとしては、道路空間を活用し、人が居心地が良いと感じる空間を作る「丸の内ストリートパーク」という取り組みを行っています。これは、期間限定で道路を公園に変え、芝を植えるなどの活動を通じて、ワーカーや街に来た人たちが快適に創造性を持って過ごしていることを実感しています。この取り組みを見て、多くの企業やブランドが空間の活用に関心を持つようになりました。しかし、こうした活動は継続が重要であり、5年以上はかかるという実感があります。


「余白」の3つの意味

**山田**:私は「共感都市再生ビジョン」の中で「余白」という言葉を大切にしています。「余白」には3つの意味があると考えていまして、1つ目は先ほど田辺さんがお話しされた「空間的な余白」、つまり道路などの都市の空間の活用です。2つ目は「時間的な余白」です。エリアマネジメントは5年、10年といった中長期的な時間をかけて価値を創造していく仕組みであり、最初から全てが完璧である必要はありません。少しずつ価値や共感、社会的効果を向上させていく取り組みこそが、重要になります。そして3つ目は、多様な方々に「関わってもらえる余地」として「主体的な余白」を作ることです。専門家だけが担うのではなく、多くの人々が自然と当事者になるような仕掛け作りが非常に重要だと感じています。
エリアマネジメント広告
**大谷**:都市をより魅力的で彩り豊かにしていく取り組みとして、エリアマネジメント広告も行われていますよね。長谷川さん、この点についてお話しいただけますか?
**長谷川(都市再生推進法人 大丸有エリアマネジメント協会-Ligare-)**:はい、フラッグ広告を主としたエリアマネジメント広告は、2018年頃から多くのご依頼をいただくようになり、この約5年で媒体としての認知度がかなり高まりました。様々な企業、イベント主催者、ハイブランド、行政の皆様にご利用いただいています。フラッグだけでなく、エリアのイベントスペースや道路と一体的に利用いただくことで、町全体を一体的に活用できるのが、丸の内エリアの特徴です。
アップサイクルの取り組み
**大谷**:アップサイクルもされているそうですね。
**長谷川**:ええ、私の靴や、大谷さんと田辺さんのジャケットに付けていただいているピンズなどは、廃棄予定だったフラッグから作られたものです。これは、街由来の素材を廃棄削減と素材循環につなげながら、街の物語を紡いでいく取り組みです。デザイナー、モデル、縫製工場といったクリエイティブチームの共感を得て、「Ligaretta」というプロジェクトとブランドが立ち上がりました。
データ活用
**大谷**:共感というお話も出ましたが、一方ではデータ活用もされていますよね。高山さん、その点についてお願いします。
**高山(都市再生推進法人 大丸有エリアマネジメント協会-Ligare-)**:現在、丸の内仲通りには多くのキッチンカーが出展していますが、キッチンカーから時間帯売上、週の売上、出展場所、業種業態といったデータを取得し、分析を行っています。どうすれば売上が最大化できるかという仮説に基づいてキッチンカーを適切に配置することで、丸の内仲通りでのキッチンカーの売上や集客はかなり伸びています。また、定期的に実施している丸の内ストリートパークの社会実験でもデータを取得し、将来的に丸の内仲通りが人が快適に過ごせる空間になるよう、将来設計に反映させる取り組みも進めています。


KPIの重要性
**山田**:LIGAREさんは全ての取り組みでKPIを設定されていますよね。国土交通省が発表しているエリマネの評価指標をうまく活用していただいていますが、数字で見るとその効果は早く、毎年効果が上がっているのが分かります。効果を測れるような指標と、それを取得するためのデータツールは非常に重要です。それがまさにエリマネの理解や共感を生むと考えています。エリマネの活動はKPIを設定することで、そのエリアにどれだけ社会的価値や共感的な価値が生まれているかを把握できます。

Theme 2:エリマネが生み出した社会的価値を数字化できるか?
Theme2では、Ligareとともにエリマネがもたらす共感的・社会的価値を数字化する取組を協力してきた不動産鑑定士達をゲストに招き議論を深堀しました。
エリマネの経済的価値
**大谷**:エリマネによる共感的社会的価値はKPIで把握できます。しかしそれらの価値がどのように経済的価値に繋がっているかを把握することはエリマネという事業を継続する上で重要な経営判断指標になります。例えばエリマネが充実したエリアでは地価や賃料が高く、空室率が低い傾向になるなどです。
**塚本不動産鑑定士**:私たち不動産鑑定士は、日々不動産を評価していますが、SDGsを意識してエリマネを行っている地域は、地価も賃料も高い傾向にあると感じています。エリマネが充実している地域は、企業にとって投資などの対外的なイメージアップのアピールになりますし、中で働く従業員の方々にも健康的で快適に働けるというアピールができます。そのため、賃料が高くてもそこに入居したいという意欲が生まれ、空室率も低下していくと考えています。
**大谷**:東京駅周辺の事例を見ても、同じ駅からの近さや繁華性を比較した場合、エリアマネジメントが充実しているエリアとそうでないエリアとでは、例えば国が発表している公示地価の水準や賃料水準が全く異なります。エリマネが充実しているエリアの方が、そうした数字が明らかに優位に推移していることが見て取れますね。

住宅エリアでのエリマネ
**大谷**:一方、雨宮さん、住宅エリアはいかがでしょうか?
**雨宮不動案鑑定士**:住宅は商業地とは少し違うとは思いますが、住宅がメインの地域でもエリマネ的な活動をしているところがあり、そういったところは地価や賃料が他と比較して高い、という効果が出ていると感じています。
ただ、商業地ほど際立って顕在化しているわけではありません。私が知る中で一番すごいと感じるのは、国立市にある谷保というエリアです。国立市も支援しており、個人の行動力と発想力のある方が、若い時に自身が受けた支援を次の世代にも繋げるという形で、地域を盛り上げています。

エリアのプレミアム価値の可視化

**大谷**:私たちは、こういった経済的価値を「エリアのプレミアム価値」と呼んでいますが、これを可視化していく取り組みを推進していきたいと考えています。

**山田**:企業を引きつけ、様々な人が集まる街、いわゆる都市の磁力を高める上で、エリアマネジメントは不可欠だと考えています。人々が滞在・滞留したくなる場を作り、それが様々な出会いや新たな関係性を構築し、ビジネスの創出や企業誘致へと繋がっていくことを期待しています。それが最終的に賃料や地価に反映され、どれくらいのプレミアム価値が生まれたのか、何が決定的な要因だったのか、エリマネが紡ぐ公共的な価値が最終的に経済的な価値に包含されていく様子が見えてくると、参加する人も増えるでしょう。
地方でのエリマネの課題と展望
**大谷**:塚本さん、今後こういったことをやっていきたいという展望はありますか?
**塚本**:私は出身の静岡県沼津市で活動しています。地方では特にエリマネにはものすごく時間がかかります。時間もお金も人材も限られているため、なかなかチャレンジしにくい段階にあると感じています。しかしLIGAREさんの経済価値分析の活動で、「どういう地域で、こういうことをやったら、こんな効果が出た」「このやり方はこの町に合っている」といった成功事例を可視化し、提供することができれば、どの地域においても「こうすればもっと良くなるかもしれない」という指標が得られると思います。我々不動産鑑定士としても、そういったお手伝いができればと考えています。

自治体の支援と制度設計
**山田**:チャレンジする環境を整えること、それを後押しする評価は本当に重要です。特に地方自治体は予算が限られている中で、成果が見えやすいものにお金を投じる傾向があります。エリアマネジメントはこれまでその効果が見えにくかったため、予算を投じるのを躊躇することが多かったと思います。それが可視化されることで、「このような効果に繋がり、税収も上がる」といったリターンが見えれば、自治体もチャレンジする方々を支援しやすくなるでしょう。

**山田(国土交通省)・大谷**:エリマネの活動によって共感的・社会的価値を生み出し、事業を継続する上でどれだけの経済的価値が生まれているかを客観的に示すこと。その数字を見て、行政や国土交通省が支援できるような制度を作っていくこと。そうすることで、制度設計者、実務推進者、価値評価者の三者がうまく有機的に連携していくことが、非常に重要だと感じました。日本各地でエリマネが効果的に活動できるよう、連携していければと願っています。

