未来を担う子どもたちに、イキイキと遊びながら学びを提供する「大手町・丸の内・有楽町 エコキッズ探検隊」。20回目の実施となった2025年度は、大丸有エリアの企業・団体の協力を得て、「特別」「体力」「まちめぐり」「理科実験」「食」「工作」というカテゴリに分かれ、計17のワークショップを開催。いずれのワークショップも応募が殺到しました。
今年注目すべきプログラムのひとつが「江戸総鎮守神田明神で楽しむ! こども江戸文化探訪」です。エコキッズ探検隊20周年を記念し、今回初めて神田明神が参加。DMO東京丸の内との連携によって実現したこのワークショップでは、日本の伝統と江戸文化に出会い、大いに刺激を受ける子どもたちの姿が見られました。


この日のワークショップは、日本の伝統文化からサブカルチャーまで幅広く発信するEDOCCO STUDIOを拠点にスタートします。参加したのは日本の文化に興味を持っていたり、夏休みに特別な体験をしたいと考えている20組以上の親子の皆さまです。
まずはエコキッズ探検隊を主催する大丸有エリアマネジメント協会(リガーレ大丸有)の長谷川より、「神田明神が創設された年」についてのクイズが出されます。その答えはなんと730年のこと。今から1300年近く前という途方もない数字を目の当たりにして、子どもたちも驚きの声を挙げていました。


アイスブレイクを終えると、神田明神で神職を務める櫻井洋平さんにバトンタッチし、改めて神田明神について解説をしていただきました。このワークショップのタイトルにもあるように、神田明神は「江戸総鎮守」といわれる神社です。その理由は、江戸の中心であった江戸城(現在の皇居)を「鬼門」から守っていたと伝わっているからです。
「鬼門とは邪悪な鬼が入ってくると言われる方向のことです。江戸城から見て北東の方向が『表鬼門』、南西の方向が『裏鬼門』と言われています。もともと神田明神は現在の将門塚周辺(大手町)の辺りに創建されましたが、江戸幕府が始まり徳川の世になったタイミングで表鬼門から江戸城を守るために現在の場所に遷座されました。だから神田明神は江戸全体の守り神を意味する『江戸総鎮守』と呼ばれるようになったのです。同じく裏鬼門を守っているのは、現在の赤坂にある日枝神社です。また、鬼門から江戸を守っていたのは神社だけではなく、上野の寛永寺と芝の増上寺もその役割を担っていました」(櫻井さん)
そんな大事な役割を持った神田明神には三柱の神様が祀られています。一柱めは大己貴命(オオナムチノミコト)です。家内安全や縁結びの神様で、一般的にはだいこく様として親しまれています。二柱めは商売繁盛と医薬健康の神様である少彦名命(スクナヒコナノミコト)で、恵比寿様の呼称が広く知られています。大きな力を持った大己貴命と知恵に優れる少彦名命が協力して日本の国づくりをしたとも言われています。三柱めは平将門命(タイラノマサカドノミコト)です。平将門を供養する「将門塚」は現在ではパワースポットとして知られていますが、もともと平将門は強きを挫き弱きを助く民衆の味方であり、今では厄除けの神様として崇敬されております。
こうした神様たちが表鬼門から邪気が入ってくるのを防ぎ、江戸幕府300年の繁栄を支えました。いわば神田明神は江戸を守るヒーローたちの基地のような存在だったと言えるでしょう。そのことを知った子どもたちも、どこかワクワクした表情を浮かべていました。
神社には正式な参拝方法があります。まず、参道の入口などに設置された手水舎(てみずや)で手と口を清める作法、また本殿で神様に敬意を表す意味を込めて玉串という榊の枝を捧げる作法を学びました。


続いて、この日の目玉イベントのひとつである「雅楽」の鑑賞に移ります。雅楽は飛鳥時代から平安時代の頃にかけて中国や朝鮮半島から日本に伝わり、その後日本古来の歌舞と融合しながら、長い時間をかけて独自の様式に発展してきた音楽です。「中国や韓国は戦争によって統治する国が何度も変わり、その影響で雅楽の文化は途絶えてしまいました。ですが日本は国が途絶えることはなかったので、昔からの音楽が今でも継承されています。つまり日本が平和であったからこそ現在の雅楽があるのです」──こう教えてくれたのは、神田明神の神職であり雅楽の奏者でもある菊池重光さんです。
雅楽は、例祭やご祈祷の際、神前式など、神社で大切な儀式の際に演奏され、厳かで雅な雰囲気を演出します。神田明神の神職の人々は全員が雅楽を演奏をできるように日々練習を重ね、この日は幾つかの曲を実際に聴かせていただきました。演奏されたのは、楽器の音律を整える基本的な曲である「平調音取(ひょうじょうねとり)」、雅楽の中でも最も有名な曲である「越殿楽(えてんらく)」、そして段々とリズムが速くなり軽快な雰囲気を持つ「陪臚(ばいろ)」の3曲です。



和を感じられる雅楽の独特な音色と響きを体感し、神秘的な気持ちになったところで、楽器の説明と体験会へと移ります。この日の演奏で使用されたのは鞨鼓(かっこ)、釣太鼓(つりだいこ)、鉦鼓(しょうこ)という3つの打楽器と、鳳笙(ほうしょう)、篳篥(ひちりき)、龍笛(りゅうてき)という3つの管楽器です。このうち打楽器を体験演奏できることになりました。神職の方々に演奏のコツを教えてもらいながら楽器を打ち鳴らした子どもたちは、まさに雅楽の世界の入口に立ったようでした。




雅楽体験を終えると、手水をしてから御社殿に移動し、参拝を行います。御社殿では修祓(しゅばつ)と呼ばれるお祓いを受けた後、神職の方が神様への祈りの言葉である祝詞(のりと)を捧げます。そして皆に玉串が配られ、学んだ作法にて神様に捧げ、二礼二拍手一礼をします。貴重な体験ができた高揚感と学んだ通りにできた満足感で晴れやかな笑顔を見せる子どもたちが印象的でした。




参拝を終えてEDOCCO STUDIOへ戻ると、この日の最後のイベントである落語体験の時間を迎えます。講師を務めてくれたのは昔昔亭昇(せきせきていのぼる)さんで、まず落語の成り立ちについての説明を受けます。
「戦国時代、大名は戦場で戦術を決めて部下に指示を出した後、本陣で暇な時間を過ごしていました。そこで彼らは、大名のそばに仕えて話し相手となっていた『御伽衆(おとぎしゅう)』と呼ばれる人たちに対して『なにか面白い話をせよ』と命じたのです。そのお題に対して小話をして大名を笑わせたことが、今日の落語につながっているそうです」(昔昔亭昇さん)
小道具の使い方」が紹介されました。落語で使用される小道具とは扇子と手ぬぐいですが、たった2つの道具を使うことで、例えば①本を読む、②そば・うどんを食べる、③お酒を注ぐ、④刀に手をかける武士、⑤戸をたたく、といったような仕草を表現することが可能となるのです。昔昔亭昇さんにそれぞれの仕草のコツを教えてもらうと、子どもたち全員が壇上に上がり①〜⑤の動きのいずれかを実演。少し恥ずかしそうにしながらも堂々と落語の動きを披露し、会場は拍手喝采となりました。







最後に昔昔亭昇さんより、古典落語の中でも代表的な噺である「寿限無」が披露されました。プロの落語家の豊かな表現力や、たった2つの小道具で奥深い世界観を表現できる伝統芸能に触れた子どもたちは、その目をキラキラと輝かせていました。
こうして貴重で楽しい時間はあっという間に終わりの時間を迎えました。最後にいくつかの家族にお話を伺ったところ、
「初めて雅楽の世界に触れることができて楽しかったし、演奏は体にビリビリと響いた」
「玉串で参拝できて嬉しかったし、学校の友だちに自慢したい」
「落語体験は少し恥ずかしかったけど上手にできたし、プロの『寿限無』はとてもおもしろかった」
「子どもに貴重な体験をさせてあげられてよかったし、親である自分も楽しめた」
など、興奮冷めやらぬ声を聴くことができました。こうした声からも、先人たちから連綿と受け継がれてきた日本の文化や伝統芸能に触れた子どもたちの可能性が、大丸有の地で大きく広がった夏の一日になったと言えそうです。



エコキッズ探検隊
https://ecokids.tokyo/
Photo & Writer:Tomoya Kuga